ダイキン工業株式会社は、空調、冷凍・冷蔵機器とそれらに使用する冷媒の開発、製造、販売、アフターサービスまで手掛ける世界でただ一つの総合空調メーカーだ。2015年度に売上高は2兆円を超え、空調事業で世界一となった。ダイキン工業は2018年に公表した戦略経営計画「FUSION20」の後半3ヶ年計画で、2021年3月までの3年間に2,200億円の研究開発投資を行うと発表、2018年度の研究開発費は652億円に上る。2015年に380億円を投じ、技術開発拠点「テクノロジー・イノベーションセンター (TIC)」を大阪府摂津市に設立した。現在、約700人の技術者が、最先端の実験設備とオープンでフラットな執務環境によって“協創イノベーション”を起こし、「モノづくり」に加えて顧客や社会に新しい価値を創出する「コトづくり」の実現を目指している。そのTICで、AnsysのCAEツールを使って次世代インバータの技術開発を行っている、インバータ技術グループリーダー 主任技師 関本守満氏、小山義次氏、原田浩一氏にお話を伺った。
将来の技術の開発に特化したTIC
ダイキン工業でのかつての研究開発は、空調、化学、ソリューションの3つの研究所に分かれ、さらにそれぞれの研究所の中でも個別の技術ごとに別々の場所で行われてきた。これを事務室も実験室も隣同士のひとつの空間にまとめることで、異分野の技術者が常にコミュニケーションを取れるようにして、将来に向けた革新的な技術開発を進めようというのが、2015年11月に開所したテクノロジー・イノベーションセンター(TIC)だ。
「TICではグローバル全体の、将来必要な技術を手掛けます。空調、化学、フィルタ、生産技術など、全てがミッションです。各事業部にも、商品設計に加えて先行開発部隊はいますが、それは2,3年の時間軸のもので、TICではもっと先の技術を開発しています」(関本氏)
TICで先行開発した技術は、日本国内の事業部や生産本部に移管され、そこで商品の基本となる「ベースモデル」の設計開発が行われる。そのベースモデルを基に、各地域の開発拠点がその地域の規制や環境に合わせたローカライズをして、さまざまな製品が作り出されるという流れだ。
「技術のダイキン」と呼ばれるように、ダイキン工業はこれまで多くの“日本初”、“世界初”を生み出してきた。
インバータのノイズ解析を「Ansys Simplorer」「Ansys Q3D Extractor」がサポート
空調機においてインバータは、心臓部である圧縮機を動かすモータを高精度に制御する役割を持つ。これによって空調機の消費電力を、インバータを使わない空調機の半分以下に抑えられる。インバータ基板の設計では、基板上のノイズ源となる電流や電圧の変化の大きなパターンの近くに、センシングの回路を配置する場合があり、信号へのノイズの影響を低減することが難しい課題となっている。かつてはセンシング信号にパターンのレイアウトが与える影響を見るために試作と実験を繰り返していたが、大きなコストと期間がかかるという問題があった。そこでシミュレーションツールの利用が検討され、2004年頃に「Ansys Simplorer」と「Ansys Q3D Extractor」を導入した。「以前は試行錯誤でパターンを修正して信号ノイズの対策をしていました。メカニズムを理解して理論的に設計したいと考えたのがシミュレーションツール導入の動機です」 (EMC対策技術担当の小山氏)
小山氏は多くのツールベンダーを当たり、いくつかのツールでベンチマークテストを行った。最終的に選択したのが回路シミュレータの「Ansys Simplorer」と電子部品や基板パターンの電磁界解析ツール「Ansys Q3D Extractor」だった。当時、回路シミュレータは他にもあったが、「Ansys Q3D Extractor」のようなツールはなく、基板のパターンをモデリングしたものをそのまま「Ansys Simplorer」に持っていけることなどが決め手になった。
シミュレーションツールの導入によって、基板試作の前にチェックして修正ができるようになり、試作数や試験工数は大幅に減った。実際にシミュレーションツールで解析した部分のトラブルは減っているほか、以前は分からなかった現象を理解することができたことで、技術者がどう変更すればよいのか方針が立てやすくなったという。シミュレーションツールの導入はまた、EMIへの対策においても効果を上げている。
「開発において何機種もの派生機種をEMI試験しなくてはいけないのですが、シミュレーションツールの導入で試験する機種をある程度絞ることができ、試験工数を減らすことができています。またフィルタ定数の設計に使って、試作前にどんな部品が必要か当たりを付けることで、後々のトラブルを減らす効果もありました」(小山氏)
「Ansys Icepak」導入で放熱設計の“質”が変わった
空調機の電装品の小型化、高密度化というテーマに取り組んでいる原田氏は、電装品の放熱対策のための熱解析を目的として、2007年頃に電子機器向けの熱流体解析ツール「Ansys Icepak」を導入した。
「Icepakは非構造メッシュを採用していて非常に形状の自由度が高いことが魅力でした。また、電装品向けの熱設計シミュレーションツールの中では汎用性が高く、設計者にとって非常に使いやすいので電装品以外にも適用しやすいところも評価しています」(原田氏)
電装品以外への適用例としては、ドレンパン(水受け)の温度分布解析や、部屋の壁が冷えていくところを解析した事例もあるそうだ。
Icepak導入前の放熱対策は、やはり技術者の経験と勘をもとに、試作の積み重ねによって行われていた。電装品の熱流体シミュレーションは、原田氏のグループではほとんど経験が無かったが、少しずつ技術を身に付け、2、3年かけて一通りの電装品の熱流体解析ができるようになった。
「ツールで熱の流れを可視化することで、温度分布や気流分布などの放熱現象についての理解が進み、『このように熱が流れていくから』ということを踏まえた設計に徐々にシフトしていき、設計の質が決定的に変わりました」(原田氏)
原田氏のチームは電装品の熱流体解析技術の確立後、製品開発部隊の製品設計(放熱設計)に適用したり、社内の技術研究発表の機会を捉えたりといった形で社内PRを重ねた。ここ数年は生産本部でもシミュレーションが設計の必須項目として取り組まれるようになった。
「具体的な製品開発に適用してもらうと試作回数が減り、効果を実感してもらえました。現場の開発部隊も『シミュレーションは絶対やっておかなくてはいけない』という認識になっていると思います」(原田氏)
今回お話を伺ったのはインバータ技術グループの皆さんだが、実はTICにはデジタルエンジニアリング技術グループというシミュレーションを活用する技術を高めていく部隊が設立時から存在する。このことからも、ダイキン工業全体でシミュレーションの活用を重視していることが見て取れる。製品を展開する地域が全世界に広がり、各国の環境や規制に合わせるため開発機種もかなり増えているという同社では、「開発の効率化とコスト削減は永遠の課題」(関本氏)だ。
インバータ技術グループで得られたAnsysのシミュレーションによる解析のノウハウは、国内開発拠点に広げているが、海外から技術者をTICに集め、解析のトレーニングも行っている。すでに中国やタイの開発拠点ではAnsysのツールを導入して、TICで培った解析ノウハウを伝えているが、今後さらに各地域に広げていく考えだ。
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